小人になった気分西大寺大茶盛で、お茶を飲む

 二十才の時、奈良市主催の「現代の奈良」写真コンテストがあった。その時多くの賞をもらった、その一つのテーマーに西大寺がある。これがきっかけでプロカメラマンの道に踏み込むことになった思い出の強い場所だ。 
 近鉄西大寺駅から南西に歩いて五分足らず、西大寺東門あり。新しい町で、お寺が町家に包まれつつある。
 しかし昔は東大寺に相対しての西大寺だっただけに、いくら小さく成ったといえども、大きな境内である。
 掃除の行きとどいた参道、のんびりした別世界を持つお寺だ。境内には自由に入れる。今の金堂は、二五〇年前から建っていて、重要文化財の仏像がおまつりされている。一寸手を合わせると気分もすっきりする。
 私事だが、「お陰でカメラマンになれました。ありがとうございます」とお礼を言った。「これからもよろしく」と言い忘れ一寸と心配である。
 境内の中央あたり一段高くなった所に、礎石と思われる大きい石が四角い中に並んでいるのが、奈良時代に創建された時の塔跡であるらしい。以前この礎石と金堂を入れた写真で入選した。 
 鎌倉時代に興正菩薩叡尊上人が西大寺を再建されて、延応元年正月に「玉体安穏 万民豊楽」すなわち天皇及び皆が健康で豊かな暮らしが出来るようにと十四日間祈願された。
 結願の翌々日、八幡宮のお陰と、お茶をお供えされ、皆にもお茶を振る舞われた。その当時お茶は万病の薬。お茶は貴重品で大変高価なものだった。
 庶民の間では、茶をまねて色々と考え出されたが、お茶にはかなわない。お茶人は長寿で癌にはかからないと聞いた。現在ではどうなのだろうか。
 そんなことから毎年の行事となった。現在では、春は四月の第二日曜日とその前日の二日間。秋は十月の第二日曜日の一日。大茶盛式を催され一日中、お茶を頂くことができる。
 これ以外に毎日、定期観光バスが出ていて、お茶を頂けるコースがある。個人では、お寺に十時前に行き待っていると、バスのお客と、一緒にお茶が頂けるよう取り計らってもらえる。
 坊に通うされ席に着く。叡尊上人の掛け軸に、松の枝に綿を絡ませ雪景色を感じさせる床飾り。広い部屋に茶道具が設えてあるが差ほど大きく感じない。お寺の大きさが錯覚をさそう。それぞれの寸法を知るとびっくりである。由来書には、
台子 高さ105cm 幅148cm
風炉 高さ 36cm 周囲147cm
釜   高さ 21cm 周囲100cm  容量 13,5l
水指 高さ 33cm 周囲120cm  容量 27l
棗  高さ 22cm 周囲 70cm  容量 1,120g
茶杓 長さ 39cm
茶筅 高さ 36cm
と書かれているが何とも大きいものである。
 皆が少し静かになり始めた頃、僧侶が静に台子の前に正座され、手前が始まる。
 風呂敷のような帛紗。高さ21cm 直径36cm 周囲107cmの大きな茶碗。赤膚焼、丹波焼、備前焼、萩焼、楽焼など色々の窯の茶碗がある。
 その一つの茶碗に湯を注がれ、茶筅通し。手拭のような大きさの茶巾で拭われる。再び湯を注ぎ、棗から孫の手のような茶杓で茶を入れられる。茶筅で徐に茶をたてる、その姿は厳粛なのだが少々滑稽だ。なんとなく笑いをこらえる。
 銭形のお菓子を頂いていると、前に大きな茶碗が置かれる。茶碗を持ち上げると言った感じ、やや重いのと、こぼさないようにと緊張する。唇をあてると茶碗が顔一杯になる。どのくらい傾ければ口に入るのか不安、手が震えてくる。照れ隠しに笑いが出て、よけい揺れる。浜辺の波が押し寄せると言えばオーバーだろうが、口に茶が入ってくる、ほろ苦い。
 後の人のことを考えると、どのくらい飲んで良いのかわからない。やれやれ飲み終え、次客に渡す。
 ほっとしてぐるりを眺める。五人に一碗の割合で茶碗が置かれるので、あちらこちらで同じ思いで飲んでいるようだ。
 ギャルたちには少々重い茶碗を三人で持ち上げ騒がしい事である。飲み損なったのか咳き込んでいる。「のめなーい」なんて言っている人もいる。
 あわててカメラを持ち上げる。カメラマンであることを忘れていた。ストロボをたいても本人は茶碗で何にも見えない。横から撮っても顔は写らない。
 若い人の方が写真になるが茶碗が大きいので若いのか、美人なのかわからない。茶碗から見れば小人である。
 シャッターチャンスが遅れ顔など写すと大いに叱られる。肖像権がきびしく一言、断って写すのがエチケットである。
 おばさんたちが多い、声は一段と大きい。脇の人は茶碗を支えるが本人は茶碗の中、何を言っているのかわからない。
 我を忘れ一息つくと何とも言えない安らぎを感じる。さて一礼して立とうと思うが膝から先の感覚がない。やっとの思いで、しびれた足を引きずりながら外に出る。
 境内を散策するのもよい。樹木も多く好きな紅葉も沢山植えられている。幾多のお堂を拝観させてもらう。 
 正門(南門)を出て、右に行くと新旧交えた民家が立ち並び、所々田や畑があり、ぶらりと歩くには退屈しない。
 土塀ごしに見える農家の造り、庭が良い。突き当たりが、鎮守の森、八幡神社がある。
 長い参道、森の中に居る実感が味わえる。叡尊上人が、お茶を供えられたとある。まさに神が居ますと言う実感ある。
 神社の前を北え行き西北にあたる方向に西大寺の奥の院(本性院)がある。少々歩くことになるが立派な石造五輪の塔が見られる。興正菩薩叡尊上人のお墓。33mのその姿は、天下一品である。四角、丸、三角のバランスは最高のデザインであると言っては叱られるだろうが。頭が自然と下がる。
 私が初めて写真を写した頃、周辺には家が無く、お寺は村人の通り道になり、子供は礎石の上で遊んでいた。一歩外え出れば茫々と草木が生い茂り、畠や田圃の畦道を難儀しながら奥の院らしき所え行ったように記憶する。
 考えれば現在のお坊さんも偉い人だと思う。どんどん立派になって居る。
                              2000年4月記
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