箸と箸置き

 以前江戸時代の家具(かいぐ)一式を見せていただいたとき、中に竹製の塗り箸が入っていた。
 塗りは朱色と黒で長さ三十センチはあり、両細で真ん中あたりが偏平てあった。持ってみると長く感じるのと摘まみにくい気がしてならなかった。また京都のお寺のお供え物を撮影したときは、カネ(真鍮)のやや角張った箸で、長さは三十センチはあった。宮中で用いられる箸は丸く削って片方だけが細くなった白木で二十五センチぐらいだそうだ。いずれにしても箸は長かった用である。しかし古い時代は、一般庶民、田舎の人達は、箸を使う食事が少なかったように聞いている。
 何かの本を見たとき、江戸中期に鰻屋が、箸が汚くなりはやらなかった。そこで割り箸を考案し繁盛したとあるが、これが「使い捨て箸」の始まりであろう。最近は資源保護のためと「持ち歩き箸」を奨励されるが、もともと割り箸は建材の残り端材を使う廃物利用なので騒ぐ程のことではないと思う。毎日使うものだから、衛生の面からも結構な事ではある。それよりも収納する、小さな箸箱、箸立て、箸袋が問題である。毎回箸は洗っても、箸箱、橋立はそんなに洗わない。以外と不衛生になりがちである。
 箸の条件とは、持ち良い、つかみやすい、軽い、折れない、清潔であることであろう。
 箸の寸法は親指と人差し指を広げた長さの一、五倍がよいと決められている。人によって随分大きさが変わるはずである。使っていて疲れない重さと寸法は、正月の柳箸か茶事の利久箸だが、毎日となると問題である。利久箸を漆に漬けて仕上げた「からん箸」がいい。塗り箸では乾漆塗りが、つまみやすく丈夫である。最近カラフルな十数色の色鉛筆のような箸もあるが、料理写真の撮影にはありがたい。主役の料理の雰囲気をもり立てる小道具として色合い、形、大きさ、品格など、撮影に満たした飯碗、箸を沢山用意しておかなくてはならない。家庭においても同じではないだろうか。日ごと飯碗や箸が変わると楽しいものである。さて急に探し歩いても見つかるものではない。出会ったときに買っておかないと思いが残る。
 歳と共に何かに付けて重く感じる。私の好みの漆の飯椀、軽めの陶器の端反り飯碗に、カラン箸か、角丸の緑色乾漆箸で食事をするのが一番気に入っているが、毎日飯碗、箸、湯飲みを変えて食事をすることは、新鮮みもあり、ささやかな贅沢気分が味わえる。
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